- STORY -
映画「青い空の果てに」
僕たちまで死んだら、
パパとママのことを覚えている人がいなくなっちゃう。
だから生きるんだ。
歩き続けた。僕は幼い妹の手をとり、歩き続けた。
妹は言った。観覧車に乗りたいと。
正直、もう遊園地はどうでも良いと僕は思っていた。
ただ、ここではない何処かへと逃げ出したかった。
あの事故があった日から僕たちの運命は、
ジェットコースターのように激しく上り下りを繰り返した。
両親を亡くした僕らに叩き付けられた現実。
初めて会った親戚の女の人から浴びせられた冷たい視線。
養護施設の先生は、優しさと性癖を混同していた。
幼い妹は何も分からないままじっとしていた。
僕たちに行き場はない。でも、ここにいるわけにもいかない。
走り続けた。僕は幼い妹の手をとり、必死に走った。
妹は言った。遊園地に行きたいと。
正直、あてはない。どうでも良いと僕は思っていた。
ただ、ここではない何処かへ向かうしかなかった。
人目を避けるために、僕らは森の奥へ奥へと足を進めた。
噎せ返るような臭い。木漏れ日といえども日差しは厳しい。
知らず知らずのうちに擦り傷が増えていく。
「ねえ、お兄ちゃん。出口はどこ」
「大丈夫だよ。もう少し行けば、ここから出られる」
「お腹すいたよう」
「頑張ろう」
「……うん」
「僕たちまで死んでしまったら、パパとママを覚えている人は誰もいなくなっちゃう。だから生きるんだ」
「うん」
でも妹には言えなかった。
出口が何処なのか分からないとは……。
「CUT」
10年前に作られた映画「青い空の果てに」。当時はたった1週間で打ち切りなってしまった。誰の記憶にも残らず消えてしまった映画だった。その映画のプロデューサー河東は、その消えた映画をリメイクしようと必死だった。商品化される映画作品の中で、河東は本物の映画を作ろうとしていた。心に残る映画を……。
ベストセラーが原作でもなく、人気コミックスの映画化でもない。人気俳優が出るわけでもない地味な作品には問題が山積みだった。
クランクインして間もなく、映画制作資金を出すはずだった会社が降りてしまう。不況の時代に、ヒットの可能性が少ない映画には金を出せないというのだ。このままでは映画が完成しても10年前の二の舞になってしまう。
新規開拓した企業は農薬や除草剤を製造する会社だ。幼い兄妹の映画作品には不釣り合い。それでも製作費を捻出するため、プロデューサーの河東は担当者の坂口課長に都合の良い言葉を並べ説得しようと必死だった。
脚本家の倉本を現場に呼び出し、本の書き直しを指示する。スポンサーの意向に添った脚本を作るのだ。だが、そんなもので撮影するつもりは河東には毛頭なかった。
脚本家の倉本は、この映画に出演している女優・上月のデビュー当時からのファンだった。写真集やビデオ作品は必ず2つ購入していた。1つは封も切らずに保存するために……。そんな倉本は偶然を装い、上月の楽屋へ侵入する。その様子を何者かが写真に収めた。倉本と上月の密会は、一躍スキャンダルとなる。
低予算映画に注目が集まる。が、その一方で、亀裂も生じ始めていた。ツイッターやブログ、掲示板では格好の餌食となり、誹謗・中傷の的となった。
せっかく注目の的になったというのに、撮影現場には何か不思議な力に引き込まれるように事件が起きていく。暴行事件、スポンサーの横領疑惑。結局、映画は撮影中止になってしまう。
それでも助監督の加藤は、映画を作ろうとプロデューサーの河東を説得しようとした。彼は10年前、この「1週間で打ち切りになった映画」を観て、映画監督を志していたのだった。
それは単なる一つの映画の終焉ではなかった。それに関わる人々には、それぞれ背負った悲しい人生があった……。